その朝、事務所にいると、
ゆら~りと横揺れが始まった。
疲れから
めまいかな!?
と思ったくらい
揺れ幅がかなり長い地震だった。


誰かが

地震や!

と叫んだ。
私は、とっさに窓を開けた。
とにかく、脱出ルートだけは、確保しなければと思ったからだ。


揺れがおさまり、テレビを観たが、なかなか速報が出ないことに少しイライラした。

その後、第一報が出た。

震源地が東北だというのに、
遠い大阪の地までも
こんなに揺らしたということは、
今回の地震の甚大さを
物語っていた気がする



それからは、
阪神大震災と同じように、
時間が経てば経つほど、
被害者数が増えていった。


開店以来、憧れている東北のデリヘルに
すぐ
電話したが、つながらない。


やっと数日後
仙台の本店に電話したら、
転送されて
店長の携帯につながった。


スタッフは全員大丈夫だが、
沿岸部在住の女の子が数人
連絡とれない
と心配されていた。


うちのセイラちゃんが、
ボランティアに行く
と言ってたので、
何か

今、必要なものは無いか?

聞いた。


大阪で買えるものがあるなら、
買って持っていってあげたい
と思ったからだ。

ユニクロの柳井社長や、
ソフトバンクの孫社長みたいに、
億単位の大金を寄付出来ないが、
自分が知ってる東北の人は
助けたいという気持ちはある。


緊急に要るもの

水はあるので、食べるもの
インスタント食品が欲しい
ガスコンロ
ガスボンベ

とにかく、スーパーに買い物に行っても、すべての商品が売り切れてないとのことだった。


阪神大震災の時と
同じだった。
阪神大震災発生時、学校行事で関西にいなかった私が、地元に戻り、近くのスーパーに入ると、全く商品が無く、がらんとした異様な光景が広がっていた。
だから、店長が話してる光景が容易に想像できた。



それから、急いで、
事務所近くのホームセンターのコーナンに行ったが、
ガスコンロ、ガスボンベは売り切れ、入荷の予定も無いとのことだった。



大阪市内ホームセンターをドライバーさんにあたってもらったが、すべて売切れとのこと。



堺市まで拡大して調べたが、無かった。



すぐにでも、東北に行きたかったが、店がバタバタしてたので、自分の店を離れる訳にもいかず、もどかしい気持ちだった。
仙台にいくには、山形空港からバスに乗るルートがあることまでは調べたんだが…


地震から2週間過ぎた頃だったか、ヤマト宅急便が、仙台市荷物配達可能になったので、
近くのスーパーでインスタントラーメンを大量に買って、電気ポットと一緒に送った。


翌日、届いたとの御礼の電話があり、宅急便の早さにビックリ!



感謝されたい訳ではないが、
自分が出来る事をしたつもりだ。



その後、仙台のデリヘルから、送ってきたメールを読むと、

東北魂を見ててください!!

なんて書いてある。


なんか逆に、元気づけられた。


苦境に陥っている人が
その苦境をもろともせず、
前向きに頑張ってる様子が
文面から感じられて
感動した。



東北の復興を切に願うばかりだ。